豊かな自然に囲まれながら、心に響くストーリーを紡ぎだす ~小説家・はらだみずき さんインタビュー更新日:2020年11月25日

「サッカーボーイズ」シリーズをはじめとして数多くの著作を発表している小説家、はらだみずき さん。最近では『海が見える家』が八重洲ブックセンター全店の年間文庫売上1位を獲得し、注目されています。最新刊となる『やがて訪れる春のために』(新潮社刊)では、佐倉市が小説の舞台となり、市内のスポットやイベントなどが実名で登場します。
千葉県出身のはらださんは、今では佐倉市在住。住み始めて10年になるそうです。
小説にも登場する、秋バラが咲く佐倉草ぶえの丘で、はらださんにお話を伺いました。

『やがて訪れる春のために』
~会社を辞め、都会での生活に行き詰まっていた真芽(まめ)は、入院した一人暮らしの祖母・ハルに頼まれ、生家の庭の様子を見に行く。だが、花々が咲き誇っていた思い出の庭は、見る影もなく荒れ果てていた。ハルの言動を不審に思う真芽だったが、彼女の帰宅を信じ、庭の手入れをはじめる。しかし、次第にハルの認知症が心配され、家を売却し施設に入れる方向で話が進もうとする…。きびしい現実の先をやさしく照らす、心に沁みる感動作。(書籍の帯から)~

認知症、高齢化、空き家といった重くなりがちなテーマを含めつつも、主人公が前向きに進んでいくと少しずつ謎が解けていき、自分なりの幸せを見つけていく、心温まるストーリーです。この小説には佐倉草ぶえの丘や成田街道、佐倉の秋祭りなどが実名のまま登場します。

佐倉市を舞台に日常を描く、自然にできたストーリー

――小説の舞台に、佐倉市を選んだのはなぜでしょうか。

始めは、鎌倉で取材を始めたんです。ですが、本通りを外れて歩いていると、街並みに見覚えがあるような錯覚を感じて、なぜだろうと考えたら、自分が暮らしている街、佐倉と雰囲気がよく似ている気がしたんです。そこから、鎌倉で夢破れた主人公が故郷の佐倉に帰ってくる、という物語が頭に浮かびました。佐倉と鎌倉は1文字違いでもありますしね(笑)。
佐倉に仕事場を変えて10年。小説のため、というよりも、佐倉の歴史や風土に触れ、自分なりに興味をもって佐倉の本を読んだり、史跡を散策したりしてきました。ですから、無理やりひねりだしたというわけではなく、ストーリーが自然にできあがっていった感じですね。

――佐倉市のスポットやイベントを実名で書いたのはなぜですか?

実名の方がわかりやすいですし、そのままでいいかなと思って(笑)。今までの作品では架空の地名を使って、でもどこだかはイメージできる、という書き方も多かったのですが。
佐倉市に住んでいても、この街のことをあまり知らない人もいるでしょう。でもそれって、もったいない気もします。

――主人公が佐倉の秋祭りを見て「あらためて故郷を見直し、好きになった」シーンがありますね。

主人公は、小学六年生まで佐倉の家で祖父母と暮らしていましたけど、そこが自分にとって故郷だとは感じていなかった。それが、時を経て佐倉に帰り、初めて故郷だと気づくことができたと思うんです。自分が住んでいる街が「こういう街だったんだ」ということを知り、誇りが芽生え、愛着がわいたからでしょう。住んでいるところを知らずに生活するより、知ったうえで暮らしたほうが街へ向ける眼差しも変わるし、楽しいと思うんです。

――千葉県を舞台にした作品が多いですね。

日常を描きたいと思っていますし、自分にしか書けないものを書くべきだという思いもあります。リアリティのあるものを書こうと思えば、取材に頼るよりも、自分のよく知っている世界や、日常の体験を生かすほうが自然な気がします。『海が見える家』が八重洲ブックセンターで年間文庫売上1位となりましたが、小説の舞台である南房総は自分にとってやはり身近な場所で、長年通い続けたからこそ書けたのだと思っています。

――様々な作品を通じて伝えたいことはありますか。

「幸せとは何か」ということは、生きる上でも大きなテーマとしてあると思います。ですが、伝えたいことは一つではなく、それらがちりばめられているのが小説だと思うんです。成功したことだけじゃなく、失敗したことや痛い目にあったことなど、様々な体験がベースになっています。本というのはすごくよくできた、一つの装置であり、僕にとっては小説というかたちが一番伝えやすい表現方法だったように思います。読者が自分の人生経験を通して、作品から何をつかみ取るかは、それこそ読者次第でもあります。時には書き手が意図したものとは別なものを見いだし、受け取る場合もあったりして、だから面白い。

小説家になれるとは思っていなかった

――なぜ小説家になろうと思ったのですか?

千葉県でずっと育ったわけですが、近くには野原があり、外遊びが好きな子どもでした。得意なのは体育と図画工作くらい、学校の成績は芳しくなかったです(笑)。小学校低学年くらいの時、外で遊んでいたら、文字を拾ったんです。それは活版印刷の活字の型で、今考えれば印刷工場がつぶれて捨てられでもしたのでしょう。野原で「文字を拾った」ということはすごく印象に残ってます。
中学生の夏休みに、井上靖さんの『夏草冬濤(なつぐさふゆなみ)』を半ば強制的に読まされました。分厚い単行本で、最初はつらかったのですが、読んでいるうちに夢中になった。それがきっかけで本に興味を持つようになって、高校ではサッカーをやりながら、多くの本を読みました。大学生の時は図書館でバイトをしていたこともあります。小説家になりたいと思ったのはその頃ですかね。小説のようなもの、を書いたりしていました。当時は小説家を夢みていただけで、その後は、それこそ草サッカーをするように、目標さえ持たず、好きで書いていただけです。

――小説家としてデビューしたきっかけは?

大学卒業後は銀座の紙の代理店、その後出版社で仕事をしていましたが、当時の会社に、僕が学生時代に小説を書いていたことを知っている方がいて、「おまえなら書けるんじゃないか」と声をかけてくれました。実際、僕は書き続けてもいたんです。草サッカーをするようにね。それがデビュー作となった『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』です。今思えば、信じられないような展開でした。
さらにその本を角川書店の編集の方が偶然見つけて、「うちから出したい」と連絡があり、文庫化されました。
小説家になることは夢ではあった、だけどなれるとは思ってなかった。その後、小説誌の連載の話もありました。そこでいきなり岐路に立たされたわけです。僕には家族があり、3人の子供たちはまだ小さかったけれど、会社を辞め、小説を書く道を選びました。新人賞すら獲らずにデビューして14年目になりますが、なんとか書くことだけで暮らしてきました。

――小説はどのように書いているのでしょうか。

僕は人に見せるようなプロット(小説などの元になる筋・構想)は書きません。プロットを書いても、話を進めているうちにどんどん変わっていくものだし、小説のための取材もそれほど多くの時間を割きません。
ただ、『やがて訪れる春のために』は、珍しくプロットをしっかり書きました。そうしたら、50枚にもなってしまって(笑)。以前は自分の思いつくままに書いていましたが、最近では読者の立場を想像したり、謎解きの要素を入れて楽しく読み進められるよう、ちょっと意識して書いたりするようにもなりましたね。日常を描きながらも面白いものが書けたら、それは素敵なことだと思っています。

歴史と自然が身近にある、ゆったりとした生活

――佐倉市にお住まいになったきっかけや理由は?

元々、住むのは自然の多いところがいいと思っていました。5人家族でマンション暮らしだったこともあり、仕事場を探しているとき、「空いている部屋を使っていい」と義母に言われ、ありがたく間借りすることにしたのが佐倉市内でした。それからしばらくして隣の家がたまたま空き家になったものですから、家族と一緒に佐倉市に移り住むことにしました。自分に合っていたのか、ここで多くの作品を書くことができました。転校した次男も、すぐに学校に馴染むことができたようです。

――佐倉市の魅力はどんなところでしょうか。

以前から歴史のある街だとは知っていたので、それも大きな魅力の一つです。また、田舎過ぎず、都会過ぎず、そのバランスが絶妙だとも思います。人と自然が織りなす、いわゆる里山の風景が身近にありながら、なおかつ便利に暮らすことも可能です。仕事の合間には、近所の史跡を散歩したり、庭で過ごしたりするのは、よい気分転換にもなります。今はガーデニングだけでなく、庭の畑で家庭菜園に取り組んでもいます。
最近、「将来の夢は田舎暮らし」と家族に宣言したところ、「もうここで始めてるじゃない」と言われてしまいました。気がついたら、すでに夢がかなっていた、というわけです(笑)。

はらだみずき

小説家。1964年千葉県生まれ。法政大学経済学部卒。
商社、出版社勤務を経て、2006年『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』で小説家デビュー。
主な著書は、「サッカーボーイズ」シリーズのほか、『帰宅部ボーイズ』『ホームグラウンド』『最近、空を見上げていない』『ここからはじまる』『あの人が同窓会に来ない理由』『銀座の紙ひこうき』など。『海が見える家』は八重洲ブックセンター全店の年間文庫売上第1位を獲得。続編に「海が見える家 それから」がある。

はらだみずき公式サイト

http://haradamizuki.la.coocan.jp/
twitter @startsfromhere

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