女子ソフトボール・ボツワナ代表チームを率いて佐倉市へ凱旋!中村藍子さんにインタビュー更新日:2018年08月02日

82日より千葉県内4球場で開催される、第16回世界女子ソフトボール選手権(WBSC)。佐倉市で事前キャンプを行ったアフリカ・ボツワナ代表チームで、アシスタントコーチを務めているのが、佐倉市出身の元実業団選手・中村藍子さんです。「大好きなソフトボールで佐倉市に凱旋するのが夢だった」と話す中村さんに、話を伺いました。

青年海外協力隊の指導員としてアフリカ・ボツワナに駐在

― ソフトボールとの出合いから、ボツワナ代表チームのコーチに至るまで、これまでのご経歴を教えてください。

ボツワナには、青年海外協力隊の指導員として20171月から駐在しています。「ソフトボールを教えられる人」という協力隊の求人を目にして、「やりたい!」という勢いのまま応募したんです。ただ、数年前は指導者の道に進むことも、コーチとして佐倉市に凱旋帰国することになることも、まったく予想していませんでした。

ソフトボールを始めたのは、佐倉市の地元の中学でした。活躍するとチームが喜び、観客が湧くことが純粋にうれしくて「もっとうまくなりたい」とソフトボールの強い八千代松陰高校に進学。全国ベスト8まで進みました。その後、日本体育大学を卒業後、実業団で4年間プレーしました。一度は引退を決めたのですが、「ペヤング」で選手を募集していると知りトライアウトを受けて29歳で現役復帰。5年かけて、弱小クラブチームからリーグ1部に昇格するまでチームを強くし、1部残留を決めた2013年に二度目の引退でプレイヤーを離れました。

その後、ジムのインストラクターなど他の仕事をしていたときに、海外でソフトボールに関わる仕事ってないのかなと何気なく検索したところ、青年海外協力隊の募集要項がヒット。2018年に千葉県で世界選手権が行われることもあり、コーチとして日本に戻ってこられたらいいなと漠然としたイメージを描いていました。文化の異なるボツワナで、コーチングという新しい領域に踏み出すのはかなりチャレンジングでしたが、やりたいと思ったことはやってみないと気が済まない性格(笑)。気づけば動いている自分がいました。

 

― コーチになって学んでいること、ボツワナに拠点を移しての変化は何ですか?

全力でほめるようになりました。プレイヤーだったときは、「分からなかったら自分から聞けばいい」という突き放したスタンスでしたが、ボツワナの選手たちに対して同じように接してしまったら、すぐに心が離れてしまいます。「今のプレーよかったよ、もう一度やってみよう!」といかに背中を押せるかが、成果を大きく左右します。ほめることでのびのびと成長していく選手たちを見ると、日本においても、ほめる指導は時に必要ではないかと思います。

ボツワナに移って一番葛藤したのは、時間に対する感覚です。練習開始時間になっても誰一人来ないのは当たり前。最初はしょっちゅうイライラしていました(笑)。でも、カルチャーとしてしみついているところもあるので大らかに構え、彼女たちが能動的に何かを学ぼうと行動したときに全力でサポートしようと考え直しました。日本のソフトボールはレベルが高く、選手たちは、私が教えることを素直に吸収しようとします。新しい技術を理解しようと質問してきたり、何度もチャレンジしている姿勢を見ると、彼女たちのためにがんばろうと力がわいてきますね。

 

ボツワナ代表で東京五輪出場を目指し、佐倉に恩返しがしたい

― 抱いていたイメージ通り、生まれ育った佐倉市にコーチとして戻った気持ちは?

佐倉市の皆さんがボツワナ代表チームを熱烈に歓迎してくださり、差し入れもたくさんいただいて、あたたかい場所だなと改めて感じています。
実は私、中学時代に何かで凱旋するイメージを描いていたんです。佐倉市の駅前に、名前の入った大きな垂れ幕があって「おめでとう!」って迎えられるような。当時は選手としての凱旋を想像していたと思いますが、まさかコーチとして、しかも他国の代表チームを率いてくるなんて、人生って面白いですよね。一つ夢がかなっていることに自分でも驚いています。

― 中村さんにとって佐倉市の魅力とは?

緑豊かな土地とのどかな時間の流れは、佐倉にしかない魅力。私にとって佐倉は、「充電する場所」です。いつもあっちこっちに動き回って、1年後にはどこで何をしているか分からないという人生を過ごしているので、ほっとする場所があるのはとても大切なこと。ちょっと疲れてしまったら佐倉に戻ってきて、エネルギーをもらったらまた出かけていく。そんな拠点になっています。

 

― 今後挑戦したいことは何ですか?

直近の目標としては、佐倉市に恩返しする気持ちで、ボツワナの東京五輪出場を目指すこと。高くて分厚い壁ではありますが、五輪に出られたら、「あのとき佐倉でキャンプをしたから」と胸を張っていえるでしょう。
青年海外協力隊員は2年の期限付きなので、私自身は、来年4月の五輪予選のときにどうなっているか分かりません。ボツワナソフトボール協会からの続投要請などもいただいているので契約が延長になって、五輪を目指して引き続き奔走しているかもしれません。いずれにしても、今後も海外で、日本のソフトボール技術を広げることでソフトボール界を盛り上げていきたいと思っています。