佐倉市が東京2020オリンピックのホストタウンに! 佐倉親善大使・荻野目洋子さんが語る「スポーツ」、そして「佐倉」更新日:2020年07月27日

東京2020オリンピック・パラリンピックの機運を盛り上げたい。佐倉市は、アメリカ・ボツワナ・ペルーの「ホストタウン」として登録され、各国の選手や関係者とのスポーツ交流・文化交流を実施しています。ホストタウン周知のポスターのモデルに起用されたのが、佐倉親善大使を務める歌手の荻野目洋子さん。今回はその撮影現場におじゃまして、いろいろなお話をお伺いしてきました。

※「ホストタウン」とは?
2020年の東京オリンピック・パラリンピック参加国・地域との交流を担う自治体のこと。事前キャンプ受け入れに加え、スポーツ、文化などを通じて交流し、地域の活性化をめざします。国が推進する事業です。

※本インタビューは、東京2020オリンピック・パラリンピックの開催延期が決定する前に行いました。

子ども時代を過ごした佐倉が、日本と世界の架け橋に

国重要文化財の旧堀田邸にて

ここは、国の重要文化財に指定されている佐倉市内の「旧堀田邸」。やさしい日差しが降り注ぐ庭園に、荻野目さんは艶やかな着物姿で現れました。

――東京オリンピック・パラリンピックに向けて、今のお気持ちを聞かせてください。

前回の東京大会は生まれる前だったので、東京にオリンピック・パラリンピックがやってくるのは初めての体験。海外の観光客の方々もたくさんいらっしゃるでしょうし、始まってみないとわからないワクワク感でいっぱいです。

――注目している競技はありますか?

夫が元プロテニスプレイヤーなのでテニスはもちろんのこと、今回から正式種目になったスケートボードやクライミングなどの競技も、日本人選手が多く活躍しているので楽しみですね!

――小中学校時代を佐倉市で過ごされた荻野目さんですが、地元がホストタウンに登録されていることについてはどう感じていますか?

地域の子どもたちと海外選手との交流イベントなどもあると聞いています。将来スポーツ選手になりたいという子もいれば、ホストとしておもてなしすることに興味を持つ子もいると思うので、こうした機会は子どもたちにたくさんの夢を与えてくれるのではないでしょうか。私自身、育ったまちの中でも、佐倉はいちばん思い出深いまちなので、佐倉が日本と世界の架け橋のような場になることはとても嬉しく思います。

外で遊ぶことが大好きだった子ども時代

岩名運動公園陸上競技場にて

――荻野目さんご自身は、何かスポーツをされていますか?

スポーツは観るのもするのも大好き。観ていると思わず参加したくなってウズウズするタイプです。

ライブ前はジョギングや水泳で体力をつけます。水泳はそんなに得意ではなかったのですが、コンサートツアーを始めてから体力づくりでジムに通うようになり、1回に1kmくらい泳げるようになりました。アスリートになった気分で休みなく泳いで、「ぜーぜーはーはー」となる感じがすごく気持ちいいんです。わりと体育会系なのかも(笑)。

普段の生活ではよく自転車に乗っています。近所へのお買いものなどの移動はほとんど自転車。坂道をガーッと駆け上がるのがいい運動になるんですよね。ウォーキングも好きなので、お休みの日は目的地まで歩いたりもします。

――子ども時代、佐倉ではどんな運動や遊びをされていましたか?

子どもの頃は外で遊ぶ時間のほうが長くて、日が暮れるまで野山を駆けずりまわったり、友達と缶蹴りしたりしていました。卓球部だった中学時代は、母校の佐倉中学校のまわりの佐倉城跡をよく走りましたね。そのときに基礎体力をつけたからこそ、今も健康な体で仕事ができているんだと思います。

――今の子どもたちは昔とくらべて外で遊ぶ時間が減っていますよね。

そうですね、心配しています。だから娘たちが小さい頃は積極的に公園に連れていったりしていました。「佐倉チューリップフェスタ」にも連れていったことがありますが、あんなにたくさんの種類のチューリップを見る機会はなかなかないのでとても喜んでいたことを覚えています。

お客さまの前で歌う機会をできる限り増やしたい

――2019年の「くさのねフェスティバル」(佐倉市で開催される野外音楽フェス)では、シークレットゲストとしてライブを披露されました。出演してみていかがでしたか?

とても楽しかったです。バンド好き、音楽好きの通な方々がお客さまなので不安な気持ちもありましたが、みなさん温かい声援を送ってくださって感動しました。これからもたくさんのミュージシャンの方々が佐倉から生まれるんだろうなと思うと楽しみです。

残念ながらフェス会場をまわる時間はなかったのですが、友人たちが飲食店ブースのフードをたくさん差し入れしてくれました。どれもおいしかったです。

――歌手としては今後どんな活動を予定されているのでしょうか。

おかげさまで全国各地、お客さまの前で歌う機会が増えています。数年前のリバイバルヒットの時は本当に突然のことで驚きましたが、今の時代ならではの現象で、子供世代にまで名前と楽曲が浸透したことが嬉しかったです。
今後も出来る限り生で色々なところに歌いに行けたらと思いますし、よりライブを楽しんで頂けるように、ギター弾き語りなどをしながら作詞作曲もするようにしています。

自然に触れたときや人に会ったあとなどは、刺激を受けて急に曲が思い浮かぶことも。子育てしながらなので、すぐに音が出せないときはスマホのボイスメモに録音しておくことも多いです。ライブではそうした新しい曲たちもどんどん披露していきたいですね。自分でつくった曲に対してダイレクトな反応をいただけると、みなさんとのリレーションシップがより深まった気がして嬉しくなります。

――ほかのアーティストのカバーにも力を入れていらっしゃいますね。

昭和・平成・令和と3つの時代を見てきた立場として、昭和の名曲を自分のフィルターを通して受け継いでいくことも歌手としての大切な役割なのではないかと思っているので、ライブやイベントではカバー曲を歌うようにしています。好きな曲や、勉強のためにも歌いたい曲、女性歌手に限らず男性歌手の歌も好きなのでよく選曲します。

佐倉は今でも自然が美しく、見どころがいっぱい

――歌手としての活動のほかに、挑戦してみたいことはありますか?

若いときは海外にばかり目を向けがちでしたが、今は日本国内のいろいろなところに行ってみたいです。デビューから全国津々浦々まわらせていただき、すべての都道府県に行ったことはあるものの、ほとんどがコンサートホールとホテルの往復だったので…。

今はその土地の観光地をできる限りめぐるようにしています。地域のカフェや雑貨屋さん、インテリアショップなど、小さいけれど店主のこだわりが光るようなお店も好き。佐倉にもおしゃれなレストランやショップが増えたので、時間を見つけて足を運びたいですね。

――ありがとうございます。最後に、佐倉にまだ来たことがない方にメッセージをお願いします!

佐倉は今でも自然が美しく、おしゃれなスポットもあるし食べものもおいしいまち。私はとくに美術館が好きで、DIC川村記念美術館や佐倉市立美術館にときどき訪れます。今は仕事の都合で都心に住んでいますが、佐倉は住むにも子育てするにも最適な環境だと感じますね。まだいらしたことのない方には、ぜひ季節ごとのイベントカレンダーをチェックしつつ遊びにきてほしいなと思います。

【新型コロナウィルス感染拡大にあたって ~荻野目洋子さんコメント~】

新型コロナウィルスの影響によって今までと同じような価値観ではいかない世の中になりましたが、新しい生活スタイルを模索している人は増えていると思います。
そんな中、佐倉は今後ますます注目されていくエリアの一つかもしれません。
環境の整った施設があり、安心してスポーツに夢中になれる街という印象もあります。
1日も早くまた国際交流ができるようになれたら良いですね!

 

【ホストタウン チラシPDF ダウンロード】

荻野目洋子さんにモデルを務めていただいたチラシを佐倉市ホームページからダウンロードできます。
チラシのオモテ面はポスターと同デザインです。

→ダウンロードページはこちら

 

【荻野目洋子さん プロフィール】
佐倉市出身。
小学生から芸能活動を始め、中学2年のときに歌手になることを決意。中学3年生で声優の仕事を始める。
高校1年で歌手デビュー。17歳の秋にリリースした7枚目のシングル「ダンシング・ヒーロー」で初のベストテン入り。 翌年にはアルバム「ノンストッパー」でオリコン年間売上1位を取り、一方では映画やドラマ、CMにも多数出演。
2016年、佐倉市立佐倉中学校創立70周年記念式典で歌唱。2017年、佐倉市岩名運動公園の長嶋茂雄記念岩名球場リニューアル記念イベントで国歌独唱を務める。
2018年4月1日から佐倉親善大使。

【荻野目洋子さん公式サイト】
http://www.oginome.com/index.html